イタリアのかかとってどんなところ?

イタリアのかかとってどんなところ?

"Cartoline dal Salento" = サレントからの絵はがき

南イタリアのサレント。
その土地や、そこで人生を謳歌する人々の姿をイキイキと感じられる絵はがきの
ようにお届けしたい、そんなイメージでスローライフなブログを綴っています。
サレント郷土料理のレシピやイタリア語のワンポイントレッスンも登場します。
どうぞごゆっくり、楽しんでいってくださいな^^

2011/02/25

南イタリアのフォルクローレ♪ Pizzicaの歴史(前編)

Ciao a tutti!
みなさん、こんにちはー♪

前々回 (お見逃しのかたはコチラからどうぞ♪) は、Fracciaの地元=プーリア州南部のサレント地方のみならず南イタリアを代表するフォルクローレ音楽であるPizzica(ピッツィカ)のライブの模様をお届けしました。
動画でダンスの臨場感をお届けできた(?)のが良かったのか、たくさんの方からご好評の声をいただきました♪  サレント地方の元気さを象徴するようなダンス=ピッツィカに多くの方が興味を持ってくださり、草の根サレント親善大使を自認するFracciaMacciaとしてはとってもうれしいかぎりです♪


というわけで今回前編と後編の2回にわたり、そのピッツィカに歴史の視点から迫ってみたいなと思います!
ミステリアスかつ危険な香りがするピッツィカの由来 歴史大好きMacciaの趣味暴走!なお話になりそうですが、みなさんもFracciaMacciaと一緒に歴史探偵になったつもりでお楽しみください^^
それでは南イタリア歴史ロマン紀行、しゅっぱーーつ進行!




まずこの“Pizzica(ピッツィカ)”という名前。正式には “Pizzica Pizzica(ピッツィカ・ピッツィカ)”とも言いますが、ふつう地元レッチェ県の人たちは親しみをこめてただたんに “ピッツィカ” と呼びます。
音楽好きの方はよくご存知だと思いますが、バイオリンやジャズベースなど弦楽器の演奏に、「ピチカート」あるいは「ピッツィカート(pizzicato)」という弦を指で弾く奏法がありますね? このピッツィカというのは、まさにこの “pizzicato” = イタリア語で「つねったような、跳ねたような、弾いたような」という意味の類語ですから、軽やかにとび跳ねるように踊るダンスにピッタリの名前といえます♪
なんとなーく“ピッツィカ” って音を聞いただけでもピョンピョン飛び跳ねるようなかわいらしい雰囲気が名前に表れているでしょう?^^


ふつうピッツィカは2人でペアになって踊りますが、男女あるいは女性同士のペアが一般的です。そのスタイルも街によってさまざまに変化し、FracciaMacciaはまだ見たことありませんが、まれに男性同士で対決するようにピッツィカを踊るところなどもあるようです。
Pizzica a scherma(ピッツィカ・ア・スケルマ)と呼ばれるこの男vs男ペアのダンス・スタイル(直訳すると "フェンシングのピッツィカ" 、さしずめ指を剣先にみたてた "剣の舞い"とでもいったところでしょうか)は、毎年8月15日頃にサレント半島南部内陸にあるちいさな村Torrepaduliで開かれる Festa di San Rocco(サンロッコ祭り)が有名です。ダンス対決とは激しそうですねぇ^^;


いずれにせよピッツィカのダンスでは女性ダンサーが主役となる場合がほとんどです。男性が一緒に踊るときも、女性パートナーのサポート役、どちらかというと引き立て役にまわることが多いです。その一方でタンバリンやフルートそしてアコーディオンなど、音楽とリズムを奏でる楽器は男性が担当する場合が圧倒的に多いです。


これにはサレント地方のある言い伝えがかかわっているようで、これが本当の史実だったかどうかはともかく、そのサレント各地の家々に伝わっている言い伝えをまんが日本昔話風にまとめてみますと・・・・・


むかーしむかし、ここサレントの地ではあちこちの家々で、若い娘たちがクモにかまれて毒が回り半狂乱になって
しまうという不思議なことがおこったそうな。
医者が診てもどうにもならず、家族が困ったあげく娘のまわりでタンバリンを叩きならしたところ、なんと娘がその
リズムにとりつかれたように踊りだしたそうじゃ。
タンバリンを速く強く叩けばたたくほどそれに合わせて娘もはげしく踊り、昼夜を継いでタンバリンの音と踊りはつづいた。
しまいにはとうとう娘たちは踊り疲れて気を失い倒れるのじゃが、やがて目を覚ますと娘の体からはクモの毒気が
すっかり抜けておって、また元のとおり正気にかえったそうじゃ。
こうしておおくの娘たちの命が救われたそうな。めでたしめでたし。”


・・・・・ とまぁこんなぐあいで、なんと毒グモにかまれた若い女性たちの治療がピッツィカの由来であり、このダンス本来の目的だというんですっ ビックリですねー!


ちょっと話は脱線しますが、日本語版ウィキペディア「ピッツィカ」の項には、上の伝承と同じような内容にくわえて「…また男性が気になる女性を口説くために畑の中でする踊りであったともされている。…」とありましたが、こちらは生粋のサレントっ子Fracciaも家族も親子3代そろってだれも聞いたことがなく、どこからこの話がでてきたのかな?とちょっと首をかしげています。 
クモの昔話よりそっちの方がよっぽどロマンチックでしょうけどねー^^
たしかにピッツィカの歌のなかには「人生」や「苦しみ」などをテーマとする曲の数々とならんで、ラブソングも多く存在するのも事実です。
しかし男女がペアになって踊る場合も、かならずしも恋人同士にかぎられているわけではなく、別に家族や親戚でもいいわけで、たとえば兄妹あるいはお祖父さんと孫娘などがペアになって踊るなんていうほほえましい光景もお祭りや家族の集まりでよく見られます。
ですから「口説くためのダンス」といわれると「・・・?!」と思ってしまうわけです。


さて先ほどのピッツィカの由来とされるサレント地方の伝承に話を戻しまして、、、
実際にはサレント地方に毒グモが多いなんて危なっかしい話はいまどき聞いたこともないし(これからプーリアを旅行されるみなさん、安心してねっ 笑)、レッチェで生まれ育ったFraccia自身ここ南イタリアの地元プーリア州レッチェ県でフツーに生活を送ってきたなかで毒グモならずとも普通のクモすら見かけたという経験がほとんどありません。
ですから、この「ピッツィカはじめて物語」はさすが古い言い伝えなだけに「とにかく踊って踊りまくってクモの毒を消す」というじつにエキセントリックなストーリー展開で「ちょっとムリヤリな感じがするなぁ?」という印象が残ります。


しかし!!じつは、、、おなじプーリア州内サレント半島のレッチェ県とブリンディシ県の北隣に位置するターラント県(Taranto)は、この地に生息する大型のクモ=タラントラ(Tarantola)あるいはタランタ(Taranta)の名前の由来にもなった土地であり(英語の"Tarantula"=タランチュラの語源にも)、さらにそこから派生した、ピッツィカを含む南イタリアのフォークダンス数種類を総称した “タランテッラ(Tarantella)” という言葉の語源にもなっている街なんです…!!
つまりプーリア州ターラント市周辺を中心にサレント半島に大型のクモがたくさん生息していたことはまぎれもない事実のようです。そしてどうやらその大クモと南イタリアのフォルクローレ音楽になんらかの関係があるということも間違いなさそうですねぇ。


あっ!念のため良い機会だと思い調べてみたところ、ちなみにこの南イタリア・プーリア州ターラント県周辺に生息するタラントラは、じつはアメリカ大陸のタランチュラとは見ためは似ているものの全くの別種で、実際には人間に対する毒性はとても低くかまれてもかゆくなる程度なんだそうです(ねっ言ったでしょ?だからみなさん安心してね なんちゃって^^;)。
にもかかわらずこの人騒がせな大クモ、やっぱりその大きくてインパクトのある見た目のせいで『毒蜘蛛タラントラ』として文字通り狂喜乱舞のダンスに一役買わされることになってしまったのでしょうか。ちょっとかわいそうかも...


しかし、仮に人が毒グモにかまれたことがあったとしても、ピッツィカのような踊りがはたしてほんとうに治癒効果があると昔のひとは信じていたのでしょうか?
また、そもそもなぜ「毒グモ」と「女性」と「ダンス」が結びついたのでしょう?


これらのナゾの真相をさぐるには、もう一歩ふかくサレントの歴史に足を踏み入れる必要がありそうです
すると浮かび上がってくるのが・・・・・アドリア海のすぐむこう岸、ギリシャの影響です


・・・・・ (後編につづく) ・・・・・


いやぁいいですねーこのアドベンチャーな感じ♪ ちょっと『世界ふしぎ発見』っぽくなってきたでしょう?^^
今回はここまで めずらしく写真が全然入ってない記事になってしまいましたが楽しんでいただけたでしょうか? 


まだまだ次回も、海を渡ってギリシャにピッツィカのルーツをもとめる歴史の旅はつづきますョ!
お楽しみにー♪♪♪
Ciaooooo!!





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2011/02/11

雑誌に掲載されたサレント半島の記事をご紹介♪

Ciao a tutti!  Come va questa breve vacanza?
みなさんこんにちはー♪ 今日は午前中こちら大阪も雪が降ってうっすら積もりましたー♪(雪国の人には申し訳ないですが、雪がめずらしい南イタリア育ちのFracciaはやっぱりうれしくなっちゃうんです^^)
3連休いかがお過ごしですか?FracciaMacciaは明日と明後日1泊2日だけですが、軽井沢までスキー旅行に行ってきます♪ 楽しみーっ!^^




さて、先日ネット検索をしていてたまたま目に入ったのですが、BUAISO』なる("無愛想"?)フリーマガジンの2010年10月号に、サレント半島をめぐる旅についてスッキリとまとめて紹介された記事が掲載されているのを見つけたので、今回はそちらをご紹介したいと思います♪


当ブログ “Cartoline dal Salento 〜サレントからの絵はがき〜” とはなんの関係もないフリーマガジンですが、「サレントつながり」ということで
草の根サレント親善大使を自認するFracciaMacciaとしてはぜひみなさんにも、と

題して『イタリアのかかと サレント半島』


よろしければ下のリンクからどうぞー♪(全文ノーカットで読めます)
  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  
http://www.buaiso.net/intercity/city/2751/

さすがプロが書いた文章ってイイもんですー なんか洗練されていて憧れちゃいます^^ ところどころ間違った単語が使われていたり、サレントの歴史や起源など情報面でサレントっ子としては正直「えっ…?!」と思ってしまうところも散見されましたが、まぁそれもご愛嬌ということで♪^^


というのも、サレント半島のアドリア海とイオニア海沿岸を中心にプーリア州は、数多くあるビーチリゾートやその豊かな歴史と文化のおかげで、ヨーロッパや北米ですでにかなり人気のあるバカンス地ですが、日本ではまだまだマイナーな土地。。。


こういう『BUAISO』さんの記事のようなかたちで徐々にでもFracciaMacciaの愛するサレントの地に多くの日本の方の目も向けられるようになるとしたら本当にホントにウレシイことです


南イタリアというとどうしても「治安や言葉が…」と不安が先立つ日本人の方もいらっしゃるようですが、こういう記事も一つのきっかけとなりサレント半島に興味を持たれたり「よし!サレントへ行ってみよう!」とプーリア旅行を計画される方が増えるといいなーと思っています(^O^)/


今回ご紹介した『BUAISO』さんの記事にもあるとおり「.....プーリアを回るには半年はかかる.....」だとか「.....サレントにはリピーターが多い.....」と言われるのは、それだけプーリア州には見どころが溢れており、その尽きることのない魅力に誘われ旅人がまた帰ってきたくなる誰しもに『ふるさと』のような居心地の良さを与えてくれる場所だということではないでしょうか。
同じプーリア州を代表する有名観光地のアルベロベッロのお土産屋さんあたりはかなり観光地&商業化されてしまっていますが、牧歌的なサレント地方あたりまで来ると、あまり金儲けや商業主義に毒されることもなく、擦れっ枯らしてない(苦笑)純粋な人々とのあったかーいふれあいが待っています。


そんなサレントがもっともっと多くの人に愛されるよう、草の根サレント親善大使としてこれからますますがんばっていこう!と、雑誌の記事から勇気をもらったFracciaMacciaでした♪


今回はめずらしく当ブログにしてはずいぶん短めにまとまった記事でした^^
それではまた次回をお楽しみに!
Ciaooooo!


★ 次回予告 ★
前回ご紹介した、サレントの伝統ダンスPizzicaはじめギリシャ系少数民族の文化に迫っていきます
乞うご期待!




PS:
『BUAISO』さんは発行部数10万部のフリーマガジン、首都圏と東海地方を中心に地下鉄の駅や企業、医療機関で配布されているそうです。おもな読者層は30〜40代(約70%)とのことですが、かるくサラッと読めるけれど質の高い記事が揃っているなーという印象です。




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2011/02/06

〜 南イタリア里帰り紀行 7 ~ サレントの伝統ダンス&音楽 Pizzica♪♪♪

Ciao a tutti! 
みなさんこんにちは!


今回は、昨秋から当ブログ "Cartoline dal Salento" で好評を頂いている『南イタリアふるさと滞在日記』のつづき、ひさしぶりの第7弾をお届けしたいと思います。
さらに今回ははじめての試みとして、FracciaMacciaが撮影したオリジナル動画も登場!プーリア州・サレント地方の伝統ダンスや音楽をたっぷりご紹介しますョ 


さて唐突な質問ですが、みなさんは普段どのように夜を過ごしていますか?おうちで読書やドラマあるいは映画鑑賞、まだ今ごろの季節ならば家族とゆっくりコタツにあたりながらその日の出来事を話したりなんていうのもいいですよね♪ 
会社勤めの方は仕事後に同僚と飲みになんてこともあるかもしれません。
そして週末になるといろいろとお出かけをして外食などを楽しまれる方も多いでしょう。


一方、南イタリアではどうかといいますと、もちろん家でゆっくり過ごす場合も多くありますが(とくに平日の夜は)、おしゃべり好きな人が多く、また友だち付き合いなど人間関係がとても近くて濃密なイタリアですから、週末だけでなく平日の夜でも自宅で晩ごはんを食べた後に友だちの家を訪ねたり、気の合う仲間とパブなどに出かけてビールやカクテルを1杯…なんてことも珍しくありません。
日ごとに散歩する街や通りを変えてぶらぶらとおしゃべりを楽しんでいると、「あっ、こんな所にいつの間にかアイスクリーム屋さん(gelateria)ができてるーっ!」なんて新しい発見があったりします^^


とくに夏になると毎晩おそくまで街のいたる所から老若男女の陽気な笑い声が聞こえてくるといったぐあいです。そういえば夏場にMacciaの両親がイタリアに遊びにきた際も、「イタリアの人たちっていつ寝てるの??」としきりに不思議がっていました(笑)
人生を謳歌」なんていうほど大げさなものではないですが、何気なーい毎日を家族や友人など気の合う仲間と共有し、思いきり楽しむ!これこそ人間がハッピーでいられる秘訣かなぁ?なんてMacciaはイタリアの人たちと接する日々のなかで感じています^^


さーてさて、というわけで昨年9〜10月に南イタリアへ里帰りしたFracciaMacciaのふたりの晩の過ごし方も、もちろんイタリア式 なにしろひさしぶりの帰省だったので幼なじみなど友人たちと会ったりお出かけしたりと夜もいろいろな楽しみが毎日ありましたが、とりわけ地元サレントの人気伝統音楽グループのディナーライブを観に出かけた夜は、なかでも特別でした♪
そんな楽しいサレントでの夜のひとときの様子を今回はご紹介したいと思いまーす!
(どうも前置きが長くって……いつもスミマセン^^;)

ブーツのかたちをしたイタリア半島のかかとに位置するプーリア州南部にあるサレント半島で盛んな伝統ダンスは "Pizzica(ピッツィカ)"と呼ばれ、北から南までイタリア全国でひろく知られています。
とくに最近10年ほどは全国各地で大規模なコンサートツアーが行われるほど、その人気はプーリア州や南イタリアにとどまらず、いまやイタリア全土でぐんぐんと高まっているんです!
(以前、Pizzicaに欠かせないサレントの伝統楽器Tamburello(タンバリン)作りの回でもちょこっとご紹介しました♪ コチラからどうぞ)


毎年夏になると、サレントのあちこちでエネルギッシュなPizzicaの演奏とダンスの野外コンサートが毎晩のように催され、シーズンの盛り上がりが最高潮に達する8月半ばには、Pizzica最大のイベント "Notte della Taranta" が開かれます。
その会場となる、普段はしずかなMelpignano(メルピニャーノ)という小さな村にはその晩だけ何万いや十数万人もの人々が集い、夜更けまで踊りあかすコンサートの様子はテレビで生中継もされます。
その活気と熱気たるや「これぞ情熱的で陽気な南イタリア!」というイメージがぴったりだと思います★ 
日本ではまだマイナーですが、海外からもわざわざPizzicaお目当てにやってくる観光客が大勢いるくらいなんですよ♪


さーてさて、そんなPizzicaのディナーライブがこの日催されたレストランがココ、"Pizzeria Lu Puzzu" 左のロゴからもおわかりのとおり、レッチェの方言で「井戸」という名のお店ですが、イタリア標準語でいうならば "il pozzo"ですね。 いちおう住所ですが ーー
Via Piave, 30
73010 Sternatia (LE)
Tel. 0836 66 66 77    (月曜定休となってます)
Lecce(レッチェ)市近郊のSternatia(ステルナティーア)という小さなちいさな村の一角にあります。ではさっそく中へ入ってみましょう!


わぁー!すでにほぼ満席っ、盛り上がってますー♪♪♪
地元のお客さんもいますが、なんとか席をみつけて座ったFracciaMacciaがこの夜テーブルを共にしたのはギリシャからの観光客のグループでした。日本語で「乾杯!」、イタリア語で「Salute!」そしてギリシャ語で「Yamas!」なんて言いながらワイングラスを交わせばみんなすぐお友達^^
もちろんライブ演奏目当てで集まったお客さんばかりですが、お料理も地元サレントの農産物をふんだんに使ったプーリア州のおいしい郷土料理が次々とテーブルに運ばれてきます。


近くのテーブルでお客さんと一緒に腹ごしらえをした楽団のメンバーたち。こういう気さくなノリがイタリアならではかもしれません^^
「ではそろそろ始めるか…♪」とおもむろにチューニングやマイクの最終チェックが始まると、お客さんの期待も高まります。ワクワク^^


今夜のライブで演奏するサレントのフォルクローレ、伝統音楽グループの名前は "Astéria(アステーリア)" といいます。
(写真左: 若いメンバーたちがお揃いの民族衣装に身を包んで、ビシッとかっこいいですねぇ^^)
サレント半島のこのあたりではイタリア語の標準語と方言だけでなく、遠い昔からなんとギリシャ系少数民族のギリシャ語(本家ギリシャ語と区別して “Grìko” =『グリコ語』と呼ばれています)も話されており、"Astéria(ギリシャ文字で書くと“Αστερία”)" というグループ名はそのグリコ語で「星々」を意味しています。


リーダーのGiorgio Filieri(ジョルジョ・フィリエーリ)さんはSternatia村出身で、幼いころからギターやピアノそしてタンバリンなどの演奏を通じてサレントの伝統音楽に慣れ親しんできました。そして1993年にGiorgioさんを中心に、地元の演奏家やダンサーたちがあつまってAstériaが結成されました。
以来Astériaは、イタリア国内のみならずギリシャやキプロスなど海外でも演奏ツアーを行なっています。
数多くの国際音楽フェスティバルなど大きな文化イベントにも参加するなど南イタリアのフォルクローレを代表する音楽グループの一つとして、グリコ語やサレント地方の伝統文化に関するRAIテレビ(イタリアの国営放送)や SKYテレビ(イタリアの全国ネットの民放)、またギリシャのテレビのドキュメンタリー制作にも参加しています。

そのほかAstériaは、Sternatiaでなくなりつつあった伝統の復活にも大きく貢献しており、復活祭(Pasqua)前に歌われる “I passjuna tu Christu”(グリコ語の歌)や、お正月に歌われる “La Strina” など人々に忘れられかけていた歌も復活させました。
リーダーのGiorgioさんは、イタリアのギリシャ系少数民族の言語として近年注目を浴びているグリコ語やグリコ語による歌についての講演も、イタリアをはじめフランス、ギリシャ、オランダ、ハンガリーなどで幅ひろく行なっています。
さらに同じプーリア州内のBrindisi(ブリンディシ市)やBari(バーリ市)、さらにはローマやパルマなどイタリア各地にあるギリシャ系イタリア人(少数民族)の文化協会と交流する一方、地元レッチェ市のサレント大学(ココです)や、ギリシャのパトラ大学(ココです)やヨアニナ大学(ココです)とも研究や文化保護の協力をしており、2001年にはヨアニナ大学から Ivo milo to griko” と題するGiorgioさんの著した現代ギリシャ語との対訳も収録したグリコ語の教科書が出版されました。

もうここまでくるとGirogioさんはグリコ文化の研究者、Astériaはたんなるフォルクローレ音楽グループというよりサレントの伝統を守る文化協会といった方がいいかもしれません。
ここはひとつFracciaMacciaの独断ではありますが、文句なしに『サレントの人間国宝さん』に認定させていただきます★★★ パチパチパチパチーッ!!!
Astériaのようにサレントの伝統音楽とくにPizzicaのダンス音楽を演奏するグループは、アマチュアからプロまでこの地方に数多く存在します。Astériaのメンバーのみなさんはセミプロ音楽家でふだんは別のお仕事もしているため(Giorgioさんも地元の学校で先生をしています)、時によりグループのメンバー構成も変化するのですが、だいたいどの楽団にも共通してPizzicaで使われる楽器といえば、次の3つが挙げられます。


 Chitarra(キタッラ)= ギター 
Giorgioさんはリードボーカルとギター(タンバリンも叩きます)。 しかしギターは主役というよりもコード伴奏をする裏方的存在となっているようです。


 Fisarmonica(フィサルモニカ)= アコーディオン
ときに情熱的に、陽気に、牧歌的に、またある時は物寂しげに…主メロディーを奏でるアコーディオンは、人生経験に裏打ちされた豊かな表現力が要るのか(?)Girogioさんより年長のおじさま方が担当しております。


 Tamburello(タンブレッロ)= タンバリン

タンバリンはもちろんリズム担当ではありますが、Pizzicaの音楽においてはTamburelloが主役といっても過言ではありません。その激しい叩き方はもう神業の域、そこから生み出される圧倒的なリズムが空気を伝わり、鼓膜や肌にぶつかってくるともう…「踊らなきゃ損ソン!」という気さえしてきます!


そして、これら3つの主要な楽器による演奏と歌とともに欠かせないPizzicaの華が、きれいな民族衣装をまとった女性ダンサーたちによる軽やかなダンスです

ちなみにPizzicaの早いリズムとグリコ語で歌われる曲が、音楽グループとしてのAstériaのシンボルとなっています。



さぁたいへん長らくお待たせしました、いよいよ演奏開始です
(YouTubeにアップした動画7本でお楽しみください。各画面をクリックすると再生スタート! ただ、ビデオカメラではなくデジカメで撮影した動画で、音質も画質もヒジョーーに粗いので… 雰囲気だけでも味わっていただければ ^^;)


いかがですか? 楽しげなメロディーと心躍るリズム!
注目はタンバリンではないでしょーか? よく見ると手のひらと甲の両方
さらに手の外側の縁も使って3点で叩いていますが、そのスピードと激しさ
すごいでしょー!もう泣く子も黙る、いや泣く子も踊るといったぐあいです^^

サレント地方の伝統衣装がステキでしょう?女性2人あるいは男女2人が
ペアになって踊る場合が多いです。リズムに合わせて軽やかに飛び跳ねる
ようなステップが特徴的です。
この曲はサレント中で愛されている、Pizzicaの代表的な曲のひとつです。
タイトルは、 "Sta cala lu sirenu te le stelle"(= もうすぐ星ちりばめた夜空になる) 


女性ボーカルとの共演 + さらにダンス
狭い店内を黒Tシャツに短パン姿のウェイターが
いったり来たりしているのはご愛嬌ということで^^
曲は "Lu rusciu te lu mare"(= 凪の音)
そして "L'acqua te la funtana"(= 泉の湧水)


    陽気な歌もイイですが、哀愁漂うこんな歌たちもなかなか。
3曲ダイジェストでどうぞ♪ ラ、ラリルレロレツが…^^;
"Andramu pai (Klama)"(= 私の夫が行ってしまう・涙)
そして "Kalinikta (matinata)"(= おやすみなさい・朝)
もう1曲はわからず…


迫力のタンバリンをしばし♪ 生で聞くともの凄いです。
それにしてもGiorgioさんの左側のタンバリン奏者のおじさん、
Giorgioさんよりはるかに年上のはずだけど一晩中この調子で
タンバリンを叩きまくっていました。
ただただ『すごい』という言葉しか出てきません。


Astériaの演奏にのせられて、ついにはお客さんたちも踊りだしました^^
"Bis, Bis!(もっともっと!)"とせがまれての1曲は、ギリシャからのお客さん
リクエストにこたえてギリシャの歌 タイトルは "Ta pedia tou Pirea" (= ピレウスの
子どもたち)。 同名の映画(邦題『日曜はダメよ』、英題『Never on Sunday』)の
主題歌で、60年代を代表する曲です。日本では近年ビールのCMソングとしても
人気となったメロディーですね♪


そして飛び込みでなにやらオモシロおじさん登場一生懸命歌ってます。
往年のスターかな?あとで聞いたらレストランのオーナーさんでした!
とうてい素人とは思えない、すごーくイイ味出してます^^ 
最初は1曲だけ仕方なくって感じだったのに、お客さんから"Bravo!" と
大きな拍手をもらうとまんざらでもない様子。2曲目はもうノリノリ
になってるところがかわいくて、サイコーです^^



とまぁこんな感じで楽しくも長ーい夜となったのでした


帰り際、ジョルジョさんとお店の外で一緒に写真を撮ってもらいました♪ 
(写真左: むかって左からFracciaのパパ、Maccia、そしてGiorgioさん。3人ともいい笑顔でしょう^^)


ホントに楽しかったなー♪
AlberobelloやOstuniそしてCastel del Monteなど、プーリア州内の人気観光地もさすが多くの観光客をひきつけるだけあってすばらしい魅力に溢れていますが、人々の生活に息づいている豊かな南イタリアの文化に触れたいのならば、ぜひSternatiaのようなプーリア州南部のサレント地方にある小さな村々を訪ねてみてください。
その土地の人々に受け継がれているPizzicaのような文化にふれれば、きっと旅がより深く豊かなものとなり、心に響く感動や思い出を与えてくれることでしょう。。。


さーてそろそろ今回も終わりが近づいてきましたが、いかがでしたか? せっかくの動画の画質があまり良くなくて残念ですが、楽しんでいただけたでしょうか?
今回ご紹介したようなPizzicaのダンスや演奏のビデオは、ひょっとしたら日本初公開だったかも?!(そんなことはないかな^^) いずれにしても珍しいものだったんじゃないでしょーか? 
Pizzica関連の動画はYouTube上にも他にもたくさんあるようなので、興味のある方はいろいろご覧になってみてくださいね♪


それでは今日はここまで、また次回をおたのしみにー!
Ciaoooooooooooo!


次回予告

それにしても、なぜこれほどまでにPizzicaはサレントの人々に愛され魅了し続けているのでしょうか?? 
せっかくPizzicaのライブをのぞいたことですから、もうちょっとPizzicaについてくわしく、またその背景にあるGrikoなどサレントの奥深ーい文化についても次回以降のぞいてみることにしましょう♪  
乞うご期待!(なんだか長編になりそうな予感…^^)

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